蛍光ペンのスペクトル

文具店で普通に売られている蛍光ペン。何の気なしに使っていますが、その名のとおり塗ったところに光が当たると蛍光を出すように作られています。それではどんなスペクトルなのかな…ということで、蛍光スペクトルを測定してみました。

今回使用した蛍光ペンはトンボ鉛筆の蛍coat、5本入り。お店で売られていたのをなんとなく買ってみました。

これを紙に塗って光を当て、蛍光を検出すれば良いわけです。ただ、紙なら何でも良いかというとそうでもありません。一般に使われている紙は、より白く見せるために青色の蛍光増白剤が塗られていることが多いので、蛍光ペンの蛍光を見ているつもりが紙の蛍光スペクトルを見ていることになりかねません。そこで、今回はろ紙の上に蛍光ペンで書いたものを装置に入れて測定を行うことにしました。ろ紙というのは化学実験でろ過をして物質の分離をするために使用するものです。もしろ紙に蛍光増白剤が塗られていたら、分離したつもりが蛍光増白剤を不純物として添加してることになって、ろ紙の機能を果たすことが出来ませんから、蛍光増白剤は塗られていません。そこで写真のように、蛍光ペンの各色を塗って蛍光光度計に突っ込んでみました。

測定に使用した蛍光分光光度計は島津 RF-5300PCです*1。一般に、蛍光分光光度計というのは試料に照射する励起光を作る分光器と試料が出した蛍光を波長ごとに検出するための分光器の2つの分光器が試料前後に置かれた構造になっています。たとえば、紫外線を照射したときの蛍光のスペクトルが知りたければ、光源側の分光器を紫外線を出すように設定して、検出側の分光器の波長を順番に変えていって、検出器が検出する光の強度を記録します。こうして波長に応じた蛍光強度のスペクトルが得られるわけです。今回は380nmの紫外線を蛍光ペンを塗ったろ紙に照射して出てくる蛍光のスペクトルを検出してみました。

この蛍光ペンは5本セットだったので、試しに380nmの紫外線*2を照射してデジタルカメラで撮影したのが次の写真です。左から順に空色・黄緑色・黄色・橙色・桃色のペンを塗ったろ紙です。

紫外線を照射したときの蛍光ペンの色は蛍光灯下の写真と似ていますが、黄色だけは黄色というよりは緑色です。スペクトルを測定してみても、黄色の蛍光ペンは黄色というよりは緑色の特徴を示します。

実際に蛍光分光光度計で測定したスペクトルはこのようになりました。スペクトルの下には各波長に対応する色を描いあります。スペクトルからも、黄色と黄緑はピーク波長は異なるものの良く似ています。それでもペンを塗ったときの色は違いますから、蛍光ペンというのはインクに入っている蛍光色素だけで色を出しているわけではないことが分かりますね。

蛍光励起スペクトルの測定と蛍光発光スペクトルとの比較

蛍光分光光度計を使って測定することができる蛍光スペクトルにも2つの種類があります。上で示してきたのは蛍光発光スペクトルと呼ばれるもので、蛍光色素が出す蛍光がどんな光強度分布を持っているかが分かります。一方、蛍光励起スペクトルというスペクトルもあり、これは検出光の波長を固定して励起光の波長を順番に変えていき、そのときの蛍光強度を記録するというものです。励起スペクトルを測定すると、どの波長の光を照射すると蛍光が出るかが分かるので、蛍光色素の紫外可視吸収スペクトルを測定したのと似た情報が得られることになります。

空色


発光スペクトルの励起波長は370nm、励起スペクトルの検出波長は480nmです。

黄緑色


発光スペクトルの励起波長は380nm、励起スペクトルの検出波長は560nmです。

黄色


発光スペクトルの励起波長は380nm、励起スペクトルの検出波長は560nmです。

橙色


発光スペクトルの励起波長は380nm、励起スペクトルの検出波長は640nmです。

桃色


発光スペクトルの励起波長は380nm、励起スペクトルの検出波長は560nmです。

測定された励起・発光の両スペクトルを見てみると、黄色と黄緑、橙色と桃色のスペクトル形状がそれぞれ非常に良く似ていますが少しだけ波長が違っています。ここから、黄色と黄緑、橙色と桃色の蛍光インクはそれぞれ分子構造が良く似た分子(でも少しだけ構造が違う)なのではないかと予想することができますね。

また、この項目で示した5つのスペクトルの線の色はCIE XYZ10等色関数を使ってスペクトルの色をsRGB値に換算したものです。等色関数を使って出した場合も黄色というよりは黄緑色です。蛍光ペンの黄色い色というのは実のところは色素が吸収する500nmくらいまでの青色の補色なのかもしれません。黄緑の蛍光は色鮮やかに見せるための補助的な役割を果たしているだけなのではないかなと筆者は思いました。もしそうならば緑色の蛍光ペンで緑色に見えるためにはインクの中に緑色の補色を吸収する色素(緑色の補色:マゼンタは赤色と青色の光を吸収します)も入っていないといけません。蛍光スペクトルからは光らないものは分からないので他の実験を考えないといけませんね。

*1 測定にあたっては、分光器の2次回折光をカットするためにHOYAのL37フィルターを蛍光スペクトル測定時は光源側に、励起スペクトル測定時は検出側に入れました。スペクトルの強度較正は行っていません。

*2 ブラックライトの光が360nmなので380nmはそれよりは少し長い波長で、可視光線との境界領域の光になります。

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