ホルベインの不透明水彩絵の具(ガッシュ)、透明水彩と、アクリル絵の具の拡散反射スペクトルをいくつか測定してみました。
大西研の紫外可視分光光度計(日本分光 V-570)+積分球(ISN-470)にて測定。
100%の参照試料として用いた標準拡散板はスペクトラロン。
数値データ(JCAMP-DX形式)
ケント紙に絵の具を塗った状態
各々の絵具をケント紙に出してそのまま下地が見えない程度に広げ、乾かした後測定しました。
一番上の3段の12色が不透明水彩(ガッシュ)、一番下の段の4色がアクリラ・ガッシュ。
さらに、下から2番目の段から、右から左に順に12色分が透明水彩、残りはサクラマット水彩です。透明水彩も、(本来の使い方とは違って)下地が見えないくらいの厚塗り状態で測定しました。
ホルベイン 不透明水彩
ホルベインのガッシュ(不透明水彩)12色の拡散反射スペクトルです。
チューブに書いている顔料のカラーインデックス名(C.I. Name, 国際的な顔料の分類記号らしい)は、Burnt Sienna:PR108,PBr71、Carmine:PR5、Emerald Green:PY3,PG7 Flame Red:PR9 、Ivory Black:PBk7 (Carbon)、Lemon Yellow:PY3、Permanent Green Deep:PY3,PG7、Permanent White:PW6 (TiO2)、Permanent Yellow:PY1、Prussian Blue:PB27、Ultramarine Deep:PB29、Yellow Ochre:PY42,43となっていました。 また、スペクトルのそれぞれの線の色は、今回もCIE(1964)等色関数を使って標準の光D65下の色としてsRGB値に変換した値なので、実際の色を大体は反映しているはずです。(6500Kのディスプレイで見比べてみたけど、結構合っていますが、ウルトラマリンに関しては青の彩度が高く、RGBで再現できないために見た目とは違っています。)
ガッシュ:青・緑系
Ultramarine Deepは450nm付近の反射率が大きいのに対して、Emerald GreenやPermanent Green Deepは500nmの似た位置に反射率のピークがあるわけですが、長波長側の違いが色の違いとなって現れているようです。
緑・黄土系の比較
今度は不透明水彩と透明水彩の色を比べてみます。Yellow Ochreは透明水彩・不透明水彩共に反射率は違うものの、よく似たスペクトルとなっていることから、どちらも似たような顔料が入っていることがわかります。実際、透明水彩のYellow OchreはPY42が、不透明水彩にはPY42,PY43と、共通の顔料が入っています。
一方、緑系は少々違っています。Emerald GreenやPermanent Green Deepは500nm付近にピークがあるのに対して、Permanent Green No.1は520nmくらいにピークがある上に、長波長側(赤い光)もある程度反射することがわかります。このことが、緑と黄緑の色差になっているわけです。
白・黄色の比較
こんどは、透明水彩・不透明水彩・アクリル絵の具の白色、黄色のスペクトルを比較してみます。
まず、白色はどれもスペクトルに大きな違いはありませんが、実際に使用顔料を見てみても、3種類ともPW6、酸化チタンを使った絵の具です。一方、黄色系はスペクトルも色も違うわけですが、使用顔料を見ても違う顔料が入っているようです。アクリラガッシュのレモンイエロー、不透明水彩のレモンイエローは共にPY3のみですが、パーマネントイエローでは不透明水彩のPY1に対して、透明水彩はPY53, PY55という別の顔料が入っているようです。
ホルベイン 透明水彩
ホルベインの透明水彩12色の拡散反射スペクトルです。
本来の使い方とは違って下地が見えないように塗っているため、緑・青系の色が非常に暗く、反射率が低くなっていますが、下地が見える使い方をすれば、もっと反射率が高くなるはずです。
ホルベイン アクリラ・ガッシュと、ケント紙・標準拡散版
ホルベインのアクリラ・ガッシュのうち、チタニウムホワイト、レモンイエロー、ジェットブラックと、ルミナスレモンの拡散反射スペクトルと、ケント紙・標準拡散版の拡散反射スペクトルです。チタニウムホワイトというだけあって、顔料はPW6、酸化チタンなので400nm以下は紫外吸収がありますが、可視域の400nm以上は高い反射率。レモンイエローも500nmくらいから長波長側は高い反射率となっていて、実際の色に反映しています。顔料はPY3ということでアゾ系の有機色素を使用しているようです。
ジェットブラックは黒だけあって当然反射率が低く、顔料はPBk1、縮合アニリンらしいので有機顔料ですね。
標準拡散版のスペクトラロンは、今回の反射率100%の参照試料なので、100%を示すのは当然です。
さて、問題はケント紙とルミナスレモンです。前回の画用紙もそうでしたが、紫外域で100%を越えた測定値が出てきています。このままでは、入れた光よりもたくさんの光が絵の具から出ていることになってしまいます。それでは変ですね。
というわけで、ここに表示しているケント紙・ルミナスレモンの結果はそのままの値を拡散反射率として信じることはできません。
それでは、どうしてこんなこんなおかしな数字が出てきたのでしょうか。
それは、ケント紙・ルミナスレモンには蛍光色素が使われているからです。
ケント紙には紙の白さを増すために、紫外線を当てると青色に光る蛍光増白剤が、ルミナスレモンには黄緑っぽく光る蛍光色素が含まれています。これらの蛍光色素は紫外線を吸収した後、青や黄色の光で光ります。今回の測定の結果がおかしいのは、こうして出た青や黄色の発光が測定装置の都合で反射光に混ざってしまったからなのです。
この解釈が正しいかどうか。それを確かめるためには、本当は他の実験(蛍光発光スペクトル・蛍光励起スペクトルの測定)を行わないといけないのですが、それはまたの機会ということで…。
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