5.5 反応のエンタルピー


化学反応や状態変化でおきる発熱や吸熱もエンタルピー変化∆Hとして扱われる(定容条件ならさらに∆H=∆U)

相変化とエンタルピー

一定圧力での物質の相変化に伴うエンタルピー変化は融解エンタルピー、蒸発エンタルピーと呼ばれ、∆Hfus, ∆Hvapといった記号で表記される。

融解エンタルピー ∆Hfus:1molあたりの融解に伴うエンタルピー変化 (enthalpy of fusion)
蒸発エンタルピー ∆Hvap:1molあたりの蒸発に必要なエネルギー (enthalpy of evaporation)

たとえば 36.0 g ( 2 mol )の氷が 0.0 ℃ で融解した後、さらに温度を上げて 100.0 ℃ で蒸発したような場合を考えると、そのときの全エンタルピー変化は氷の融解エンタルピー ∆Hfus=6.01 kJmol-1 @ 0 ℃、 水の蒸発エンタルピー∆Hvap=40.7 kJmol-1@100℃ と定圧モル比熱 CP=75.3 mol-1 K-1 (一定とする)を使うと$$\Delta H=\Delta H_{fus}+\int_{0℃}^{100℃} C_P dT +\Delta H_{vap} \tag{5.5.1}$$ $$\Delta H=\left(6.01 kJ mol^{-1}+\int_{273.15}^{373.15} C_P dT + 40.7 kJ mol^{-1} \right)× 36.0 g /\left( 18.0 g mol^{-1} \right) = 108 kJ $$と書けることになる。

吸熱反応と発熱反応

化学反応が起きるときも、発熱や吸熱による熱はエンタルピー変化として扱われる。
系に入る熱が正の値として定義されているため、 ∆H < 0 の化学反応は系から熱が出て行くので発熱反応(exothermic reaction)、∆H > 0 の反応は系に熱が入っていくので吸熱反応(endothermic reaction)と呼ばれる。

反応前 → 反応後 (H反応後-H反応前=∆H=○○kJ)において
 ∆H<0 のとき:発熱反応 (exothermic reaction) (系から熱が出て行く)
 ∆H>0 のとき:吸熱反応 (endothermic reaction)(系に熱が入る)

標準反応エンタルピーr

ただ、エンタルピーの値はH=U+PVの定義のとおり、圧力、体積、温度によって変化するため、温度や圧力の基準がないと不便である。そこで、標準状態という、基準の温度、圧力が国際的に定められている。現在の標準状態はSATPと呼ばれるもので 298.15 K, 100 kPa である*1ほかに0℃, 100 kPaを標準状態としたもの、0℃, 1 atm ( 101.3 kPa )を標準状態としたものもある。

標準状態の反応物と生成物の間で起きた化学反応のエンタルピー変化は標準反応エンタルピーrと呼ばれる。

右上の○は標準状態を示す印であり、標準状態以外の温度、圧力での反応エンタルピーはr Hのように表記される。

ヘスの法則(Hess’s law)

上記の通り、化学反応でやりとりされる熱は反応エンタルピーとして表されるわけであるが、実際には起きるかどうかわからないような未知の化学反応の反応熱についても、反応エンタルピーを使って求めることができる。たとえば、A→Bという反応は起こりにくいものの、A→Cという反応とC→Bという反応は容易に起きて反応エンタルピーを求めることができたとする。このとき、A→Bの反応エンタルピーはA→CとC→Bのエンタルピー変化の和になる。この法則はヘスの法則と呼ばれる。rH は始状態と終状態のみに依存、途中の経路に依存しないために、A→Cで発生する熱とC→Bで発生する熱を測定してやれば、その和が反応A→Bで発生する熱となるということである。

標準生成エンタルピー, ∆Hf°

ヘスの法則により、実際には反応しない物質同士の反応の反応熱をエンタルピー変化として求めることができるようになった。これを応用して、任意の化学反応のエンタルピー変化を計算するためのエンタルピー変化の基準があると便利である。そこで、標準状態にある元素の単体を基準として、元素から様々な物質を生成する場合のエンタルピー変化が調べられている。これは標準生成エンタルピー∆Hf° と呼ばれている。標準生成エンタルピーを使えば、$$∆_r H^\circ =\sum_i \nu_i \Delta H_{f,i}^\circ (生成物)-\sum_j\nu_j \Delta H_{f,j}^\circ (反応物) \tag{5.5.2}$$のように、反応物の標準生成エンタルピーの和と生成物の標準生成エンタルピーの和を求めて差を出すことで、化学反応の標準反応エンタルピーを求めることができるようになっている。

エンタルピーの温度依存性*2より詳しくはアトキンス上P64,P76(第6版)あたりをどうぞ

ここまで、標準生成エンタルピーや標準反応エンタルピーは標準状態の物質についてのエンタルピー変化を考えてきた。しかし、実際の化学反応は標準状態だけで起きるわけではなく加熱・冷却を行うことも多い。従って、実際の化学反応が起きる高温・高圧条件や低温条件等での反応エンタルピーを知りたい場合も多いだろう。そこで、エンタルピーの温度依存性について考えてみる。温度 T のときの系のエンタルピーを H( T ) とすると、加熱により温度が T1 から T2 に変化したときのエンタルピー変化は定圧熱容量の定義、dH=CP dT から得られる式 d/dT H(T)=C_P を T1 から T2 まで定積分して $$H(T_2)-H(T_1)=\int_{T1}^{T2} C_P dT \tag{5.5.3}$$となるだろう。ここでT1 を標準状態の温度とすれば、エンタルピーの温度依存性も計算できることになる。つまり

$$\Delta H(T)=\Delta H^\circ (T_0)+\int_{T0}^T \Delta C_P dT \tag{5.5.4}$$

となり、これはキルヒホッフの法則と呼ばれる。なお、電気回路における電流についてのキルヒホフの法則と提唱者は同じキルヒホッフであるが、異なる法則である。
なお、定圧熱容量は実際には一定ではない。経験的には3つのパラメータを使った$$C_P=a+bT+cT^{-2} \tag{5.5.5}$$を使って計算される*3キルヒホッフの法則の式に代入することで\Delta H(T)=\Delta H^\circ (T_0)+\Delta a(T-T_0)+\Delta b(T^2-T_0^2 )-\Delta c(\frac{1}{T}-\frac{1}{T_0})が使われることがある。。(a,b,cは気体ごとに異なるパラメータである)

References
1 ほかに0℃, 100 kPaを標準状態としたもの、0℃, 1 atm ( 101.3 kPa )を標準状態としたものもある。
2 より詳しくはアトキンス上P64,P76(第6版)あたりをどうぞ
3 キルヒホッフの法則の式に代入することで\Delta H(T)=\Delta H^\circ (T_0)+\Delta a(T-T_0)+\Delta b(T^2-T_0^2 )-\Delta c(\frac{1}{T}-\frac{1}{T_0})が使われることがある。