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デジタル一眼カメラ用のより明るい簡易分光器製作
いろいろな光源に含まれる様々な色の光を波長ごとに分けるための道具が分光器です。
箱にスリットと回折格子を取り付けて作られる簡易分光器は安価で簡単に自作できる分光器として学校や科学館のワークショップなどでよく作られ、うまく作れば高い分解能のスペクトルも得られます。本サイトでも前回の記事にて簡易分光器の製作方法を紹介しました。
ただ、こうした簡易分光器は構造上、光を集めて有効活用するための機能が省かれているため、暗い発光現象を見る際見づらくなったり、視力によってはピントを合わせられずぼやけてしまったりすることもありました。
そこで今回の記事では、簡易分光器にレンズを組み込むとともに迷光を抑えデジタル一眼カメラでも使いやすい形にすることで、蛍光やラマン散乱といった暗い発光現象により適した簡易分光器の制作例を紹介します。
製作方法
必要なもの
- 虫眼鏡:以下のどちらか
- クツワ 学童むしめがね45mm(ブルー)(MG001BL, 45mm, 3.5倍)または
- Seriaで販売されている拡大鏡50㎜(小)(ルーペ50㎜ 3倍,LUPE-10,発売元:元林)
- 台紙:使用するルーペに合わせて以下の台紙をダウンロードしてA3厚紙に印刷してください。
- クツワ 学童むしめがね45mm(MG001BL)用台紙1枚目、2枚目、および裏面黒色部分(1枚目2枚目共通)、または
- Seriaの拡大鏡50㎜(小)用台紙1枚目、2枚目、および裏面黒色部分(1枚目2枚目共通)
- 1000本/mmの回折格子シート:回折格子シート 1000本/mm(Amazon.co.jp)、1,000 Lines/mm Linear Diffraction Grating Sheet(Amazon.com)、回折格子シートレプリカ1000(ケニス)など。
- 両面テープ・セロハンテープ
- 製作方法の説明書(印刷用)もあります。
作り方
0.回折格子と台紙の準備
1000本/mmの回折格子シートを5cm×5cm角の大きさに切ってください。
台紙についてはできるかぎり厚いA3厚紙に印刷してください。
表面に切取線が印刷されたものが2種類、裏面は真っ黒になるよう裏面黒色部分を印刷したものが台紙になります。
工作用紙くらい分厚いと厚すぎてコピー機を通らないことが多いです。コピー機を通るなかで最も厚いもの*1たとえばダイソーのA3片面コート厚紙4枚,厚さ0.385mmはコピー機(Fuji-Xerox DocuCentre-VII C4473)のA3トレイ自動給紙の印刷は難しかったですが手差しトレイ給紙時に少し押し込んでアシストすると印刷できました。モンディハイパーレーザーコピー A3 250GはA3トレイから印刷可能でした(ダイソーの片面コート厚紙に比べると少し薄手です)。ダイソーの厚紙両面白色A3用4枚入りについては、A3より少し大きいので切り取ってA3サイズに合わせて試しましたが、片面コートタイプよりさらに分厚いので、手差しトレイで相当タイミングよく押し込まないとコピー機に入っていきません。ダイソーならA3片面コート厚紙のほうをおすすめします。を使用してください。
1.切り取り線(――― 実線)に沿って各パーツを切りぬきます。黒い部分は外周を切ってください。
窓の部分・レンズ開口部(グレーの部分)もカッターナイフで切り抜きます
※綺麗に作るには、山折りする箇所も軽く(紙を切ってしまわないように表面をなでる程度に)カッターナイフを通しておくとあとで折り曲げやすくなります。
2.スリットを作ります。
①スリット位置に幅3㎜程度の穴を開け、穴の外側左右に両面テープを張り付けます。
厚紙を切り抜いてスリットにする場合
②カッターナイフで練習用スリットのスリット部を細く切り抜きます。
③取付面にテープを張り付けたうえでスリットを両面テープに張り付けます。
※スリットにセロハンテープを貼ってから取り付けるとあとで修正・取り換えができます。
カッターナイフ刃を使ってスリットを作る場合
②半分に折ったカッターナイフの刃がスリットの点線に来るように貼り付けます。
③隙間がなるだけ小さくなるように、もう1枚のカッター刃を向かい合わせに貼り付けます。
※細いスリットを作ると線がくっきり分かれて見えますが暗くなります。
太いスリットを作るとぼやけますが明るいスペクトルになります。
きれいなスリットが作れるように何度か試してみてください。
※完成時スペクトルが暗すぎた場合は貼りなおしてスリットを広げてください。
※隙間に薬包紙を挟んでカッター刃を挟んで貼り付けた後に抜き取る方法もあります。
3.組み立て
①両面テープを貼って箱状にします。
②拡大鏡取り付け穴があいた面が垂直になるように固定してテープで拡大鏡を固定します。
③回折格子も取付穴にテープで留めます。
※回折格子には向きがあります。スリットを通った光がうまくスペクトルになるような方向に留めてください。
④レンズ固定用パーツの底面部分に両面テープを貼り付け、拡大鏡を挟むように取り付けます。
⑤ふたを組み立てて上からかぶせ、テープで止めます。
⑥回折格子/CD-Rの穴からのぞき込み、スリットから光源が見えるようにするとスペクトルが見えてきます。
※光が漏れる場合は黒テープ・アルミテープなどを外から貼って遮光してください。
使用法とカメラの取り付け
回折格子がカメラのレンズの真ん中に来るようにテープなどで固定して、必要に応じてズームしてください。オートフォーカスがうまく働かないこともあります。その場合はマニュアルフォーカスで調整してください。いちおう台紙にカメラ固定用部品を作ってありますので、必要に応じてご利用ください。
焦点距離が(35㎜フィルムカメラ換算)100 mm程度のレンズを使用したときにスペクトルが画面の大部分を占めるくらいになります。回折格子を貼った開口部が30×35㎜ありますので、原理的にはフルサイズデジタル一眼カメラの場合105mmF2.8のレンズ(瞳径約37mm)あたり、1.5倍換算のAPS-Cタイプのデジタル一眼なら70㎜F2.0(瞳径約35mm)、フォーサーズのカメラの場合は50㎜F1.4(瞳径約36mm)くらいが多少ロスはあるものの最も明るいスペクトルが得られるレンズになるでしょうか(開口部を40㎜角くらいにすればロスはより小さくなると思われます)。もちろんもっと大きなF値のレンズでも多少は暗くなりますが使用可能です。
スマートフォンについても開口部にスマホのレンズが来るようにテープで張り付ければ使用可能です。ただしオートフォーカスがない機種が多いと思われるので、ピンぼけになる場合も多いかもしれません。
使用例
この分光器を使った場合も、前回の簡易分光器と同様、白熱電球やLED、蛍光灯、信号機、太陽に照らされた雲や建物の白壁、夜の街灯や車のヘッドライト、花火など見ると楽しいと思います。
以下の各種動画でも各種スペクトルを紹介していますので、参考にどうぞ。
分光実験@科学ライブショー「ユニバース」 on YouTube Live
さらに、この分光器とデジタル一眼カメラを使うと、ラマン散乱のような暗い光散乱現象も観察することができるようになります。簡易分光器を使ったラマン散乱の観察については次回の記事で扱うことにします。
なお、この分光器は2022年の11月に千葉大学工学部共生応用科学コースの体験化学実験2022を野本が担当した際に高校生向けに設計したものです。そのときは炎色反応、ラマン散乱など様々な光源のスペクトル観察も行いました。
原理
レンズがない簡易分光器の場合は前回の記事に書いたように、スリットから入った光が回折格子まで到達したのち、回折格子で色ごとに違う角度で回折されます。分光器を覗き込んだときは、目と回折格子の間の角度は見る方向によって違いますから、向きによって違う色の光が見えて、スペクトルになるわけです。
実際の簡易分光器の形に当てはめて書くと下のような図になるでしょうか。目で見る場合、カメラで撮影する場合を単純化して描いてみました。
スリットから入った光は回折格子上のそれぞれの位置で回折された後、瞳孔やカメラレンズの中に入っていきます。このとき回折された光は色ごとに向きが違っていて、それぞれの色が進む方向と反対の方向(点線矢印方向)にスペクトルが見えるということになるわけです。
ここで、今回の分光器のようにスリットと回折格子の間にレンズを入れたときの様子が下のようになります。
点線内の黄色い部分がレンズがないときに導入されていた光がレンズ導入時に辿る経路、オレンジの部分がレンズを使うことで新たにカメラに導かれるようになった光の経路になりまず。オレンジの部分の面積が2倍以上あるということは、カメラに入る光の量としては4倍以上増えることになります*3オレンジの部分がレンズを通るエリアの直径は黄色い部分の直径の2倍以上あるということになります。レンズ上を光が通る部分の面積は半径×半径×円周率の円形ですから、2倍×2倍=4倍以上の光を集められることになります。。とはいえスペクトルが4倍の明るさになるわけではありません。レンズを導入した結果、見かけ上スリットは拡大されるので、レンズがない時に比べると分解能は低下します。一方、スペクトルが見えるエリアも縦に広くなるので、その点では見やすくなります。
また今回の分光器では、レンズとスリットの間と回折格子とレンズの間の部分は別の空間になっています。そのため、スリットから入った光のうちレンズを通らなかった余計な光が箱内部を照らしてスペクトルに影響を与えにくくなります。結果として、前回の分光器に比べると迷光が全体としてはスペクトルが大きく見えるようになり、そして迷光が減って見やすくなったのではないかと思います。
まとめ
今回の記事では簡易分光器の中に虫眼鏡を導入したタイプの分光器を紹介しました。実際に作るとなると回折格子を二千円程度で(10×30cmくらいの長さで売られているものだと12個作れるくらいの大きさですが)買う必要がありますが、ほかは概ね100円ショップの材料で作ることができます。回折格子の面積を広めにとってありますので、デジタル一眼カメラを使うとレンズの性能を活かしたスペクトルが得られると思いますので、いろいろ試すとよいかもしれません。
ダウンロードファイルのライセンスについて
本ページでダウンロードできる台紙と製作方法プリントはCC BY-SAライセンスで配布しますので、自由に活用いただいて構いません。面白い活用例などあれば、お知らせいただけると参考になりますので助かります。なお、クレジットの際の作者名は「野本知理」または「NOMOTO Tomonori」,URLは「http://T.NOMOTO.org/」または「http://spectra.nomoto.org/」です。
↑1 | たとえばダイソーのA3片面コート厚紙4枚,厚さ0.385mmはコピー機(Fuji-Xerox DocuCentre-VII C4473)のA3トレイ自動給紙の印刷は難しかったですが手差しトレイ給紙時に少し押し込んでアシストすると印刷できました。モンディハイパーレーザーコピー A3 250GはA3トレイから印刷可能でした(ダイソーの片面コート厚紙に比べると少し薄手です)。ダイソーの厚紙両面白色A3用4枚入りについては、A3より少し大きいので切り取ってA3サイズに合わせて試しましたが、片面コートタイプよりさらに分厚いので、手差しトレイで相当タイミングよく押し込まないとコピー機に入っていきません。ダイソーならA3片面コート厚紙のほうをおすすめします。 |
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↑2 | ちなみに一般的なカメラねじは1/4-20UNCという規格のインチねじなので、パンチングボードの穴を6mmドリルで拡大してカメラねじで裏から留めると固定できます。なお、ホームセンターだと1/4-20UNCがなく代わりにW1/4というインチねじが売られていることがあります。これはカメラねじとは少し違う規格(ウィットねじ)ですが代用可能です。 |
↑3 | オレンジの部分がレンズを通るエリアの直径は黄色い部分の直径の2倍以上あるということになります。レンズ上を光が通る部分の面積は半径×半径×円周率の円形ですから、2倍×2倍=4倍以上の光を集められることになります。 |