7.1 ギブズエネルギーとヘルムホルツエネルギー


NaClの溶解が吸熱反応であるにもかかわらず起きるように、化学反応の進行は系の内部エネルギーやエンタルピーだけで判断することはできない。一方、熱力学第二法則、とくにエントロピー増大則に基づけば、系と外界を含めた熱力学の宇宙全体*1孤立系とみなすことができる。でエントロピー増大則が成り立たないような反応が進行することはない。そこで、熱力学の宇宙のエントロピーが増大しているかどうかを確認することで、その反応が自発的に進みうるかどうかを判断することが可能である。

宇宙のエントロピー変化は系と外界のエントロピー変化の和であるため$$\Delta S_{univ}=\Delta S_{sys}+\Delta S_{surr}$$であるが、熱力学第二法則から宇宙のエントロピーは増大するので

$$\Delta S_{univ}=\Delta S_{sys}+\Delta S_{surr} \geq 0$$

である*2等号は可逆過程の場合なので、反応が自発的に起きるためには実際には ∆S_univ>0 となる必要がある。このように、宇宙のエントロピーを考えるとなると、知りたい系とその外界の両方についてエントロピーを考える必要がある。

ギブズエネルギー

ここで、新しい状態変数、ギブズエネルギー(ギブズの自由エネルギーとも呼ばれる)、

$$G=H-TS$$

というものを定義して次のように考えると、系のギブズエネルギーの変化について考えるだけで宇宙のエントロピー変化についても考えることができ便利である。

外界は通常、熱の出入りに影響されない*3十分に大きいので熱の出入り程度で外界の温度が変わらないような状況であるので、圧力一定条件では系に入る熱を q 、系のエンタルピー変化を ∆H として外界のエントロピー変化は$$\Delta S_{surr}=\frac{-q}{T}=\frac{-\Delta H}{T}$$と表せる。そこで上式の両辺に両辺に -T を掛けてまとめると$$-T\Delta S_{univ}=-T\Delta S_{sys}+\Delta H=(H_2-TS_2)-(H_1-TS_1 )=G_2-G_1 = \Delta G \leq 0 $$のようにギブズエネルギー G を使って書くことができるようになる*4\Delta S_{univ} \geq 0の両辺に負の値を掛けると-\Delta S_{univ} \leq 0のようになることに注意。

つまり、反応前後で温度と圧力が同じなら熱力学第二法則、\Delta S_{univ}\geq 0 は反応前後のギブズエネルギーの変化、\Delta G \leq 0に置き換えが可能である。熱力学第二法則によると、\Delta G \leq 0でない化学反応は進行しないのである。そんなわけで、化学反応についても、反応前と反応後の ∆G の符号を確認するだけで、その反応が進行しうるかどうか判断可能ということになる。*5なお、∆G=∆H-T∆S>0 の反応が進むことはありえないが、だからといって ∆G=∆H-T∆S≤0 の反応が進行するとは限らない(有限の時間では進まないかもしれない)。

ヘルムホルツエネルギー

以上のとおり、圧力一定条件ではギブズエネルギー G=H-TS の反応前後の差 ∆G が負でないような反応は熱力学第二法則により起こせない。同様に、体積一定条件の場合はヘルムホルツエネルギー(ヘルムホルツの自由エネルギーとも呼ばれる)

$$A=U-TS$$

というものがある。さきほどの-T∆Suniv=∆G をエンタルピー H のかわりに内部エネルギー U を使って書くと、$$-T\Delta S_{univ}=\Delta G=\Delta H-T\Delta S_{sys}=\Delta U+P\Delta V-T\Delta S_{sys}≤0$$となるが、体積一定なら ∆V=0 なので、$$\Delta U-T\Delta S_{sys} \leq 0$$となる。これはヘルムホルツエネルギーを使って書くと$$\Delta U – T\Delta S_{sys} = (U_2-TS_2) – (U_1-TS_1)=A_2-A_1=\Delta A \leq 0$$である。結局、反応前後で体積と圧力が同じ場合のヘルムホルツエネルギーは宇宙のエントロピー変化に対応しており、熱力学第2法則によって ∆A=∆U-T∆S≤0 でない反応は進行しないということになる。

∆A,∆Gと仕事

次に、系が外部にする仕事と∆U,∆A,∆Gの関係を見てみよう。
温度一定で系が外部にする仕事 W=-w は熱力学第一法則*6ΔU=q+w、第二法則*7\Delta S \geq \frac{q}{T}から
$$W=-\Delta U+q=-\Delta U+T \frac{q}{T}\leq -\Delta U+T\Delta S=-\Delta A$$となる。
つまり、系がすることができる仕事の上限は内部エネルギーの変化 -∆U ではなく -∆A である。
また、圧力一定条件で系が外部に行う仕事のうち体積変化 P∆V 以外のもの、すなわち W-P∆V 、の上限がギブズエネルギー変化 -∆G となる。なお、体積変化以外の仕事としては、表面積の変化や電気的な仕事がある。

A, Gの性質

A,Gの性質をまとめると、以下のようになる。

  • U, S, H, P, Tなどと同様、ギブズエネルギー: G とヘルムホルツエネルギー: A は平衡状態が定まれば値が1つに定まるような状態変数。
  • A, G は示量的:系の大きさをa倍すると、これらの量の大きさもa倍されるよう。
    n, V, U, S, H も示量的。一方、圧力Pや温度Tにはこのような性質はない。
  • A, G にはG=A+PV=U-TS+PV=H-TSの関係がある。
  • 内部エネルギーの減少に伴って系が外部に行える最大仕事が∆A
  • 内部エネルギーの減少に伴って系が外部に行える最大仕事から体積変化を除いたものが∆G
  • ある温度の ΔG, ΔA はそれぞれ定圧条件、定積条件の熱力学の宇宙全体のエントロピー変化に対応
  • ΔA, ΔG の符号が定積、定圧条件において反応がどちらに進むか教えてくれる:ΔG<0 (定圧), ΔA<0 (定積)となる反応は進行しうる。また吸熱反応 ΔH>0 でも ΔS>0 なら ΔG<0 になりうる(塩の溶解過程など)
  • 熱力学は反応速度について教えてくれるものではない
    (H2,O2を混ぜたからといって即反応が起きるわけではなく、混ぜたまま保持できる)

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1. 孤立系とみなすことができる。
2. 等号は可逆過程の場合なので、反応が自発的に起きるためには実際には ∆S_univ>0 となる必要がある
3. 十分に大きいので熱の出入り程度で外界の温度が変わらない
4. \Delta S_{univ} \geq 0の両辺に負の値を掛けると-\Delta S_{univ} \leq 0のようになることに注意。
5. なお、∆G=∆H-T∆S>0 の反応が進むことはありえないが、だからといって ∆G=∆H-T∆S≤0 の反応が進行するとは限らない(有限の時間では進まないかもしれない)。
6. ΔU=q+w
7. \Delta S \geq \frac{q}{T}