ここまででは様々な結合の種類を紹介してきたが、こうした分子内の結合や分子内の電子についても、量子力学を使えば原子のときと同様、シュレディンガー方程式を使って表すことができるはずである。たとえば時間によって変化しない状態(定常状態)について考えるとすれば、分子のときも時間に依存しないシュレディンガー方程式
を使い、いくつもの原子核や電子の運動・位置エネルギーから作られる(分子についての)系のハミルトニアンと、それぞれの電子や原子の位置をパラメータとした波動関数を使って系のエネルギーを表すことができる。
水素原子の時は、波動関数は電子1個の位置(x,y,zまたはr,θ,φ)の関数になっていて、波動関数の絶対値の2乗は電子のある場所(位置)における電子の存在確率を表していた。今回は分子なので、波動関数の変数には複数の電子、原子の位置が含まれる。そして、これら波動関数の変数の組がある値をとる確率*1分子内の1個目の電子が(x1,y1,z1)という位置にあり、2個目の電子が(x2,y2,z2)に、n個目の電子や原子が(xn,yn,zn)に…というふうに、分子の構造を決める全ての電子や原子の位置の組が特定の値をとるような状態にある確率が、ここでの波動関数の絶対値の2乗が意味するものである。
分子のエネルギーと分子のハミルトニアン
実際に分子のシュレディンガー方程式を考えていくときは、通常いくつかの近似を使って考えていくことになる。水素原子のときは、原子核の運動は電子の運動よりもずっと小さく遅いので、原子核と電子の運動を分けて考えることで1s, 2s, 2p…といった軌道を得た。分子の時も同様に、電子の運動と原子核の運動を分けて考えることになる(ボルン・オッペンハイマー近似)。とはいえ、分子には複数の原子・原子核が存在するため、原子核同士も近づいたり離れたりして振動している。また、分子自身も全体でとちらかの方向に動いていったり(並進)、また分子全体で回転したりしている。そこで、原子核についても各種運動を別々に扱うことにして、分子のハミルトニアンを
と、4つの成分に分けた上で、それぞれ別々に扱うことも多い。
こうして4つの成分に分けて考えると、シュレディンガー方程式の解として出てくる波動関数とエネルギーも4種類のもの、すなわち電子のエネルギー、振動のエネルギー、回転のエネルギー、並進のエネルギーに分けられることになる。
たとえば高校物理で出てきた、固有周期で振動するような、バネに接続されたおもりが振動する系(調和振動子)について量子力学的に考えると、そのエネルギーはv で表される振動の量子数を使って,ただしと表される*2大抵の量子力学の教科書に「調和振動子」という名前で載っているので詳細はそちらを参照のこと。。これと同様に、分子内の振動エネルギーもとびとびの値になり、従って振動エネルギーに由来して出てくる光のスペクトルもとびとびの波長に現れる。これは水素原子スペクトルが飛び飛びの波長に現れたのと同様である。ただ、水素原子のスペクトルが紫外・可視光線だったのに対して、分子内振動に由来するスペクトルは赤外線にある。これは分子内にどのような結合があるか調べるためにしばしば利用される。
2原子分子の場合、回転エネルギーは, といったふうに表される。ただしJ は回転の量子数、I は系の慣性モーメント, である。